Story2 アルバート・スター [ Albert Starr, M.D. ] ある日の客人との“共鳴”

1960

心臓よりも、心臓弁の機械化が先だ。
それは運命的な助言だった。
アルバート・スターは、1926年ニューヨーク市に生まれた。エドワーズにその助言をした人物である。医師の道を志し、1950年にインターン教育を修了。同年に一般外科・胸部外科の研修医として、ニューヨーク州の病院で勤務をはじめる。途中、朝鮮戦争の軍医として召集されたが、約3年の勤務を経てレジデントに復帰。1957年に研修医期間を終えた。その後、初の開胸手術プログラム立ち上げに参加。1958年には7歳の女の子のオレゴン州初の小児開胸手術を担当するなど、30代にして当時から先進的な治療経験を積んでいた。

オレゴン医科大学(現OHSU)に勤務していた頃、エドワーズが人工心臓のアイデアを持って訪ねてきた。当時エドワーズは60歳でベテランの発明家。スターは32歳の若い心臓外科医だった。

「世代の差は、まったく感じなかった」

後にスターは、エドワーズの印象をそう語る。エドワーズの発明にかける熱い情熱と、スターの聡明な思考が共鳴した瞬間、年齢の壁は問題ではなかった。

それからスターは、医療技術開発を志す者を次々にエドワーズの研究室へと導いた。医療の革新者として、その灯火で未来を照らし続ける偉大な医師である。

画像:写真

左がエドワーズ、右がスター氏。